2010年08月12日

8月12日

毎年8月は、他の月と違う気持ちがして過ごしています。

お盆、ヒロシマ、ナガサキ、終戦の日、
そして、日航ジャンボ機墜落事故。

今から25年前の出来事。
私は夏休みで祖父母の家にいました。

家族ごと帰らなかった人たち、
遺体の一部しか一緒に帰れなかった遺族たち、
520人それぞれの“生”が、あの場に散った。

それは戦争もそうですね。

暑くて寝つけない夜、よけい眠れなくなるとわかっていながら
夜中の戦争特集を見ずにいられないのも毎年。

今でも街中のお祭りで、櫓の組まれた中央の華々しさから離れた隅に
戦争の悲惨さを映した写真展をやってるところ、あるのでしょうか。
私が子どもの頃は、ありました。
楽しい気持ちと同時に、累々と重なる白骨、性別も年齢もわからないほど真っ黒に焼けた遺体が転がる空襲後の街など、目をそむけたくなる惨状の数々。

思えば、あの頃からずっと、こういう気持ちで8月を過ごしてきたのかも。

被爆者の証言で印象に残った言葉。
「あれだけの人が亡くなった中、自分は生かされたから、今、身体や心がどんなに辛くても、わたしは生きなくてはならないのです」

今の自分の悩みなど、なんと些細なことだろうと、
そう思うために、夜中のテレビを見ているのかもしれません。
posted by エマ at 22:16| Comment(2) | TrackBack(1) | 管理人から一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分が子供の頃も必ず見ていたなぁ。
ヒロシマの日の朝8時15分の黙祷もそう。
JAL123便の事故も衝撃的すぎました。
こんな惨いことって本当に起こるものなんだ、
と怖くなったし、すごく悲しかった。
今でも特集を見たりすると、胸が締めつけられます。
Posted by Hiro at 2010年08月13日 00:04
>Hiroさんへ

123便事故のことは、飛行機に乗ることの便利さだけでなく、リスクをつきつけられる点で、
今に通じるものがありますね。
CVRに残されたコックピットでの音声記録をもとにした舞台を7年前に観たのだけど、
これも、123便事故のが最も被害が大きかったためもあってか、胸が詰まって息苦しく悲しくなったものでした。
Posted by エマ at 2010年08月13日 23:54
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Weblog: 激早!ニュースダイジェスト
Tracked: 2010-08-13 05:38
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