2010年08月20日

映画『氷雪の門』

『樺太1945年夏 氷雪の門』
http://www.hyosetsu.com/
(公式サイト、表示して間もなくダイジェスト版が自動再生されます)

1945年8月20日、樺太(現:サハリン)の真岡(まおか)郵便局の電話交換手9名が、ソ連兵の接近戦の混乱の中にも関わらず最後まで業務を果たして自決した出来事を、1974年に映画化した作品です。

事件そのものは有名なので、最後どうなるかはもちろん知った上で観に行きました。

多少の脚色は入っているでしょうけど、役者さんたちの熱演すさまじく。
脇を固める丹波哲郎、南田洋子といった、今は亡き俳優さんたちも、若くてりりしくて美しい。

海岸に沿った狭い平地に発達した樺太の街並み。
まったく空襲がなく、本州からの疎開者を受け入れるくらい、一見平和な雰囲気。
前線の兵隊を除いては、緊迫した雰囲気もない。
それなりに統制された生活ではあるけれど、たまに甘いものを分け合ったり、音楽を聴いたりスポーツしたり、日々のささやかな楽しみも和気あいあいと存在する。

8月15日に玉音放送があり、日本は戦争を終わりにしたはずだった。
ところがソ連の侵攻はその後も続き、日に日に戦況悪化、大勢の島民が地域と日にちを指定され、女性や子ども優先で強制疎開に。
交換手たちも例外ではなかったけれど、生まれ育った場所を離れたくない気持ちと、
仕事に対する責任感と、「生きて辱めを受けない」戦時教育の浸透ぶりから、どんどん追い詰められていく。

「引き揚げ」というと、満洲も本当に大変だったと聞いていたけど、
この映画でも、時間をかけて描かれている。
襲撃から逃れることと本土への引き揚げが同時に行われているため、
逃れても家に帰ることは出来ず、足が痛くても、わずかな荷物だけで、ひたすら港を目指して歩き続ける。
最初は布団を持って逃げてきたけど、途中で捨てなければならなかったり、
途中で家族バラバラにはぐれてしまったり、機銃掃射を受け、家族を失ってしまったり。
出発港のある真岡まであと一歩のところまで来て命を落とす人も数知れず。
大型船から艀(はしけ)まで総動員して北海道への引き揚げが行われるも、その船が沈没したという報も。
1か月、1週間、1日違えば運命は違ったかもしれない。

電話交換をしていると、ただ回線をつなぐだけではなく、様々な情報を耳にし、確実に他の重要拠点に伝えることも任務なのですね。
戦況の悪化(戦争は終わったはずにも関わらず)、戦闘の様子がどんどん身近に迫る中、任務を続ける交換手たち。
中には自分の家族の最期を耳にする人も。
そして、疎開命令があってもなお残った有志職員で交代で当番に入っていた班12名のうち9名が、周囲をソ連兵に包囲され、回線も繋がらなくなり、終わりを覚悟して青酸カリで服毒自殺。

役者さんたちの熱演もあるけど、
日に日に精神的に追い詰められていき、
どんなに明るくふるまおうとしても、
もう死ぬ以外にないというところまで至る様。
公式サイトが見られるうちに見ていただきたい。
出来れば映画館へ。
ダイジェスト版の動画がありますが、この悲劇的な音楽は、前半から出てきます。
観ながら、どうにも涙を止められず。

あの交換手が送り出した弟は助かったろうか?
背後から撃たれて死んだ母の腕の中で生きていた赤ん坊はその後誰かに救ってもらえたろうか?
15歳以上の男性は残ることに決まり、一人残った父親は、どうしても助けたかった自分の家族が逃げ切れなかったことを知ったらどうなってしまうのだろうか?
映画に出てくる住民たちのそれぞれを思うとね。

映画は、その後、9名が死亡者褒章を受けたこと、それでも彼女たちは「私は生きたかった」と言うだろうと締めくくっている。

映画では描かれていないその後。
9名の遺体は、すぐには収容されず、1週間後にようやく仮埋葬が行われ、その後掘り起こして正式に弔われたそうです。

誰もが「まさかこんなことになるとは」と思っていたのだろうな。
「御国のために」という風潮はあっても、『あなただけでも助かってほしい』と、家族に恋人にきょうだいに、願いをかけていたのだろう。
「なんで戦争なんかするんだろうね」というセリフがあったけど、本当にそうだと思う。
不毛だと思う。

時代も状況も違うとはいえ、身体の自由があって、毎日食事できていて、身の安全を心配しなくていい今の私。
私だって、彼女たちと同じように、ただ、ささやかな幸せが欲しいだけ。
でも彼女たちは死ぬほかない状況に追い詰められてしまった。
今満たされないものはあっても、「幸せですか?」と聞かれたら、「私は幸せです」と応えないといけないのでしょうね。

9名の命日に当たる明日8月20日、渋谷シアターNでは最終回終了後、映画に出演した二木てるみさん、木内みどりさんのトークライブがあるそうです。
横浜ジャックアンドベティでは、当時助監督を務めた新城卓さん。

シアターNに観に行ったら、ちょうど「わが闘争」「続・わが闘争」も上映中で。
ヒトラーですよ。
時間帯が重なっていたし疲れていたので『氷雪の門』一本にしましたが、
都合のつく方は、8月、戦争を考える機会として劇場で一日過ごされてはいかがでしょうか。
posted by エマ at 00:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・舞台話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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